「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」 (3)

2015/10/30グルメ
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青木 定治

 

INTERVIEW | インタビュー


シェフ・パティシエ 青木 定治あおき さだはるさんに聞いてみました

 

───パティシエになろうと思ったきっかけをお教えください。
青木 当時、14才の頃からモトクロスをやっていて、プロを目指していたのですが怪我をしてしまいました。そんな折、食の関係の仕事をしていた叔母に相談したところ、料理の世界を紹介されたのです。
最初に働いた青山シャンドンはパリ帰りのシェフ達が勢揃いしていたのでパリへのあこがれも強くなり、自分も片道のチケットでパリへ飛び、マドレーヌ広場にあるフォションに行きました。そこで当時シェフをしていたピエール・エルメさんを初めて見て、「この人がチャンピオンだな。この人を超えるか対等になる」と決め、パティシエの道を究めることに。
昔から常にトップを見て、そこを目指すのが好きなんですよね。

───1991年に渡仏され、大変だったこと、嬉しかったことは何ですか?
青木 大変だったのは、ビザがなかなか下りなかったことですね。
今と違ってフランスにはワーキングホリデーもなかったですし、何度行ってもダメで、結局、役所には3年以上通いましたね。今思うと日本人だから大変だったのかもしれません。
最近、ピエール・エルメさんに「俺がお前の立場(日本人がパリのパティシエとして挑戦すること)だったら、今の地位には行けなかったから、サダ(青木定治)はすごいと思う。」と言われました。けれど、やりたいことをやっているので楽しかったですし、誰も挑戦していないことでないとやる気が出ないのです。

───パリ、日本、台湾、各国で人気の御品は何ですか?
青木 パリではケーキのバンブー、日本ではマカロンです。台湾は不思議とどの商品もまんべんなく売れていますね。

───各国のスタッフを指導するにあたって、お国柄の違い等、留意されている面はありますか?
青木 本店がパリにある意味や、パリではどんなことが流行っているのかなどを伝えて、スイーツを通してパリの空気感を感じてもらえるようにスタッフを指導しています。

──────日本ではある特定のスイーツのブーム(カヌレや、ナタデココ等)がおこりますが、どのように感じますか?パリではそういったブームというのはありますか?
青木 パリにもブームはあります。フランスに渡った当時はそれこそエクレールは伝統的なスイーツでしたが、僕が抹茶のエクレールを始めた頃からシューやエクレールのブームが到来したんです。
昔からなのですが、僕が始めると不思議とブームが来ますね。小学校の頃は一人でベイゴマを始めたら学校中で流行ったこともありましたし。
今、パリの有名シェフ達はみんな抹茶を使いますよね。これもブームだと思います。
日本はとにかく新しいものに貪欲だと思います。フランスでは定番を変えるとお客様から怒られますが、日本では新商品がないとお客様が飽きちゃいます。
ただ、僕は流行に乗ることは絶対にしません。自分が美味いと思った菓子を作る。これは今も昔も変わらないですね。結果、流行になることがあるんですけど。

───アニメ“夢色パティシエール”を監修されてみていかがでしたか?
青木 日本のアニメはフランスでも人気があると思います。夢色パティシエールはストーリーがよくできていて面白い作品だったので、僕は専門知識をお伝えしただけで、アニメというかテレビ番組を見る機会は実はないんです。

───パリでの生活スタイルや、体調管理についてお教えください。
青木 仕事上、スイーツの試食で糖分を大量に摂取するので、食事はあまり食べないように気を付けています。自分が食べることより、人に食べさせることの方が好きなので、パリではスタッフにまかないを作って出すこともあります。
体調管理は、鍼、整体、リンパマッサージ、加圧トレーニングなど色々やっていますよ。

───パリで特に好きな場所はどこですか?
青木 特にどこの場所がいいというよりは、文化と歴史があって食文化の深い、パリ全体が好きです。
僕は一日のほとんどをアトリエで過ごすので、しいてどこか場所をあげるならマラコフにあるアトリエですね(笑)

───海外での仕事にチャレンジしたい方へ、アドバイスをお願いいたします。
青木 僕の場合は、渡仏する時に一度自分と祖国(日本)を捨てました。新しい環境でチャレンジするということは、それまでの常識、経験、プライドは一切必要ありません。
一回自分を真っ白にして新しい国に染まらないと、その国では通用しないと思いますので、それぐらいの意気込みで頑張ってください。

───今後の抱負をお教えください。
青木 日本上陸10周年を迎え、名古屋や福岡に出店させてもらい、各地方の食材に触れる機会をいただき、日本にもいい素材がたくさんあると改めて感じています。
今後は日本の素材とも向き合いながら、たくさんの方に僕のスイーツを通じて喜んでもらえたらと思います。

取材 佐東歩美

 

PROFILE | プロフィール


シェフ・パティシエ

青木 定治(あおき さだはる)

1968年7月1日生まれ、東京都出身。
町田調理師専門学校卒業後、青山「シャンドン」勤務を経て1991年に単身渡仏。
パリ 「ジャン・ミエ」ニース「レストラン メディテラネ」、スイス「レストラン ジェラルデ」でキャリアを重ねる。
1996年、フランスのシャルルプルースト杯味覚部門で優勝。

その商品のモダンさと同時に昔ながらの伝統的な味は地元っ子の喝采を浴び、今では誰もが認めるフランスのパティシエとして人気が定着。
2007年、ルレ・デセール(世界最高峰の菓子職人の組織)のフランスメンバーとなる。
2011年、フランス最優秀パティシエ受賞、農林水産省料理マスター受賞、サロンドショコラアワード受賞、パリ市長賞受賞。フランストップ5ショコラティエに選出される。
2014年、パリにて4年連続ショコラの5つ星獲得。「LES INCONTOURNABLES」を受賞。
現在、世界で最も注目される日本人パティシエの一人。


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